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2023年12月11日

ふるさと探求コース第8回講座 奈良時代に置かれた役所「国府」 古代出雲の発掘最前線! ー史跡出雲国府跡の発掘調査見学ー

 ふるさと探求コースでは10月20日、出雲国府跡の発掘現場を見学し、国府全体の様子や政庁の役割について説明を受けました。
 「政庁」は、国府の中で重要な施設が集まり、地方政治の中心となったところです。 正殿の前に前殿(ぜんでん)があり、その東には東脇殿、西側には西脇殿があったとされています。前殿の前に前庭(ぜんてい)と呼ばれる広場がありました。
 政庁の役割は文書行政と儀式、宴です。
 正殿は政庁の中で格式の高い建物です。初めは掘立て柱の構造でしたが2度の建て替えがあり、最終的には礎石建物に建て替えられたことがわかっています。
 東脇殿の周辺で硯が多く出土しています。文書の決済をする場所だったと考えられます。
 儀式は前殿で行われましたが、その建物は途中でなくなり、9世紀には石敷きに変わりました。前庭を広く使うためだと考えられています。
 前庭では、中央からの使者がやって来た時に酒や食事でもてなして宴が催されました。
 国司には「守(かみ)介(すけ)掾(じょう)目(さかん)」の四つのランクがあり、出雲の国司は上から二番目の地位である「介」が配置されていました。地位が高いのに政庁の面積がほかの国に比べて小さく、その理由としてたびたび意宇川の氾濫が起きたことが考えられます。政庁は一番高い所に造られており浸水した形跡はありませんが、それ以外の低い土地の建物には浸水したり流されたりした跡があることが分かっています。
 現在、政庁域の調査は東側が中心ですが、全国的な調査では国府政庁の建物は左右対称のコの字型であることが知られています。政庁西側の敷地にかかっていると思われる「六所神社」境内を、今後レーザー調査する計画があるという事ですので、調査結果の発表が待たれます。
 見学した発掘調査現場は政庁の東側の一角で、現在道路沿いになっている場所です。掘り進めた様子が分かるようにまっすぐ下に掘って断面が見えるようになっていました。その断面からいくつものお椀やお皿のような土器が顔を出しています。 
 出土した本物の土器や瓦を見学しました。土師器と須恵器がありました。地鎮祭に埋められたものや、食事などに使われたものでしょうか。文書を書くための硯、墨書土器などもみつかっています。
 説明を受け見学させてもらって、政庁が機能していた8世紀ごろの様子を想像することができました。
  • 道路沿いの発掘現場
    道路沿いの発掘現場
  • 土に埋まったままの土器
    土に埋まったままの土器
  • 国府の範囲は広く、茶臼山の麓までひろがっていた
    国府の範囲は広く、茶臼山の麓までひろがっていた
  • 出土した土器
    出土した土器
  • 出土した瓦
    出土した瓦